東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)148号 判決 1968年2月29日
原告 伊東末太郎
被告 東京都杉並区
右代表者区長 菊地喜一郎
右指定代理人 大川之
<ほか二名>
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告の原告に対する昭和四一年度国民健康保険料金五万円の賦課(但し、昭和四一年一一月一四日付で金二万五〇〇〇円に減額されたもの)に対し、昭和四一年五月二七日に原告がした減免申請に対する被告の昭和四一年六月一六日付の不承認処分を取消す。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。
原告は請求の原因として、
「原告は、昭和四〇年一月二四日以降杉並区に住所を有するものであるが、昭和四一年四月一日、被告より昭和四一年度国民健康保険料として、金五万円の賦課通知を受けたので、同年五月二七日、被告に対し、減免申請をしたところ、同年六月一六日付で被告より右減免不承認の決定通知を受けた。原告は、これを不服として、同年七月二四日、右減免不承認処分の取消しを求めて東京都国民健康保険審査会に対して審査請求をしたが、昭和四一年一一月二八日付で審査請求棄却の裁決を受けた。しかし本件減免不承認処分は違法であるから、これが取消しを求める。なお、原告は、昭和四一年一〇月一日から、新宿区土木課の雑役夫となり日雇労働者健康保険被保険者手帳に健康保険印紙のちょう付を開始し、国民健康保険の被保険者資格を喪失したため、同年一一月一四日付をもって本件保険料金五万円は、金二万五〇〇〇円に減額された。」
と述べた。
被告指定代理人は、右調求原因事実中、本件減免不承認処分が違法であるとの点を否認し、その余の事実をすべて認め、次のとおり主張した。
一、国民健康保険法(昭和三三年一二月二七日法律第一九二号)(以下単に「法」という)は、国民健康保険料の減免に関し、「保険者は条例……の定めるところにより特別の理由がある者に対し、保険料を減免……することができる。」(法第七七条)と規定しており、右規定を受けた東京都杉並区国民健康保険条例(昭和三四年一一月二六日東京都杉並区条例第二一号)(以下単に「本件条例」という)第二四条第一項は、「区長は災害その他特別の事情により生活が著しく困難となった者に対し、保険料を減免することができる。」こととしている。
二、従って減免の対象となるのは、「生活が著しく困難となった者」であるが、被告は、その認定が恣意的になるのを避けるため、東京都杉並区国民健康保険条例施行規則(昭和三五年二月一日東京都杉並区規則第二号)(以下単に「規則」という)に本件条例の適用を受ける者をより具体的に定めるとともに、さらに、東京都の指導に従い(法第四条第二項参照)、「国民健康保険料減免取扱基準」(以下単に「取扱基準」という)を設け、その公正な運用を確保することとした。
まず規則第二二条第一項は、次のとおり規定している。
「条例第二四条第一項の規定により、保険料を減免することのできる者は、次の各号に掲げる者とする。
一、生活保護法により保護を受ける者
二、災害により自己の居住する家屋若しくは所有する家財または営業用に供する資産につき、重大な損害を受けた者
三、海外引揚者及びその他これに準ずる者で、一定の収入を有しない引揚後満一年以内の者
四、納付義務者が死亡しまたは疾病若しくは負傷により一定の収入を有しなくなったため、生活が著しく困難となった者
五、前各号との権衡上または特別の事情により区長において必要があると認める者」
次に取扱基準の要旨は、次のとおりである。
「生活が著しく困難かどうかは、原則として、その世帯の月額実収入と「基準生活費」とを比較して認定するものとする。
1 月額実収入が基準生活費と等しいときまたはこれより少ないときは保険料を免除する。
(月額実収入≦基準生活費)
2 月額実収入は基準生活費を超えるが、その超える額が保険料賦課額より少ないときは、その差額を減額する。
(保険料賦課額-(月額実収入-基準生活費)=保険料を減額する額)
なお、ここにいう「基準生活費」とは、生活保護法の保護基準に準じて算定された一月の生活費であり、(生活保護基準によって算定された額に一定率を乗ずる。本件処分当時これは一・三)右保護基準の改正に伴って改訂されるものである。本件処分当時、六〇才以上の者一人の世帯の基準生活費は、特別の事情がないかぎり、一万二五〇円であった。
三、ところで原告は、本件減免申請を、保険料の支払能力がないことを理由として行なっているのであるが、申請書と共に提出された収入申告書によれば、原告は毎月金二万七九八六円の収入があることとなっていた。(なお、その後、被告が調査して認定した原告の月収実額は、金二万八三〇円であった。)原告は一人世帯であり、これを前記基準に照らしてみると、免除の余地がないことはもとより、月額保険料は金四一六〇円(但し四月分だけは金四二四〇円)であるから減額の必要も認められないのである。以上の理由で、被告は、原告の減免申請を却下したのであって、右処分は、何ら違法のものではない。」
原告は、右主張に対して、
「一、被告の右主張事実は、すべて否認する。尤も、原告が、本件減免申請及び審査請求において、保険料の「支払能力がない。」「負担し難い。」などの表現をもって主張したことは認めるがこれは次に述べるように、本件保険料の額が最高限度であることの違法及び減免の許可にあたって被告が権限を正当に行使しなかった違法等を指摘したものであって、生活が著しく困難であると主張したのではない。
二、すべて、保険料は、保険時の所得(退職所得を除く)に料率を乗じたものを賦課すべきものであり、杉並区の行なう国民健康保険だけが例外ではあり得ない。その上、保険時の所得に料率を乗じて得た正当な保険料であっても、特別の理由がある者に対しては、これを減免してもよく、むしろ減免すべきものである(法第七七条)。この故に本件条例第一四条に「前年度の住民税額に保険料率を乗じて算定する」と定めてあるのは、所得割額計算の方法を規定したものであると解すべきである。従って、保険時の所得が、前々年及び前々々年の所得と同額の場合、その算出額をそのまま賦課額とするのであって、保険時の被保険者の所得が、前々年及び前々々年の所得に比して著しく増減を生じ、保険料額を変更する必要がある場合には、賦課通知後においても、区長は、申請をまたず直ちに保険料額を変更する義務がある。それ故、所得の激減を理由として、保険料額の変更と同じ目的をもつ減免申請が、被保険者からなされたときは、保険者は、右の変更に代るべきものとして、その減免申請を承認すべき義務があるといわなければならない。本件の場合は、原告の二年前の退職金を含む所得に対する前年度の住民税額に保険料率を乗じて得た額、金二七万九五七七円を金五万円に打切ったものをもって賦課額とし、実際保険時の所得は激減して、住民税非課税対象者となった原告に対して、被告は本件条例第一九条により保険料額を変更する義務があるのである。
三、健康保険は、すべて社会保障及び国民保健の向上に寄与する目的で、業務外の疾病その他に関し、保険給付をなすものである。従って、被保険者に不当な不利益を与え、不当な犠牲を強いることはあり得ない。国民健康保険はなおさらである。
故に、法第五条にいう「……区域内に住所を有する者は当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とする。」とあるは住民の不利益その他特別の事情があるなしにかかわらず強制加入せしめ、不当な保険料でもこれを納付する義務を生ぜしめ、犠牲を強制する規定ではない。即ち、住民を、あまねく被保険者として、保険給付を受ける資格を与えることを規定したのであって、加入を義務づけたものではない。この故に、法第六条は、他の保険給付を受ける資格あるものを除外し、広く「……その他特別の理由がある者」を除外することを規定しているのである。
更に、その上に、被保険者の利害は、保険料と保険給付にあるから、法は、第七七条において、特別の理由があるものに対し、保険料を減免することを規定し、国民健康保険の公正(不当な犠牲を強制することのないように)健全な運営を期しているのであり、第八一条で、賦課額、賦課及び徴収等に関する一切を条例に委任し、第七六条で、保険料徴収の義務を保険者に負わせ、第七七条で、減免の詳細を条例できめることになっているが、いずれも保険者の公正な規制を期待しているのであって、どうきめても勝手であるというのでないことはいうまでもない。
しかるに、法第七七条の減免規定を受けたと称する本件条例第二四条が「生活が著しく困難となった者」というきびしい条件を付加し、また民生局長通牒の保険料減免の規準として、「保険料の納付義務者が、その利用し得る資産、能力の活用を図ったにもかかわらず……著しく生活が困難となった場合において……」と定めているのは、承服できない。何となれば、生活に困窮する国民に対し、国費を以てその困窮の程度に応じ、必要な保護を行ない、その最低限度の生活を保障しようとする生活保護法においてさえ、「生活が著しく困難」という表現は見当らない。また、法第四四条、第五二条などで一部負担金を減免する場合においてさえも「……支払うことが困難であると認められる者に対し……」と規定しているだけで、「生活が著しく困難となった者」などの表現は、法全体を通じて発見することができない。「支払い困難」は必ずしも「生活困難」を意味しないし、まして保険料減免の場合の「特別の理由」は決して「生活が困難」などを意味しているのではあり得ない。生活困窮者は、生活保護の対象であって国民健康保険の対象ではないからである。従って、本件条例第二四条が「生活が著しく困難となった場合」を、所得割額減免の規準としたことは、法第七七条による委任の範囲を超えた違法があり、本件条例第二四条に基いてした被告の本件不承認処分も違法である。
四、被告は、さらに保険料減免の幅広い権限を不公正に行使した違法がある。即ち、原告は、
(イ) 昭和三九年一二月に失業し、所得が激減している。
(ロ) 国鉄共済組合の受療資格を有している。
(ハ) 老年者である。(当時満六八才)
(ニ) 資格取得前二ヶ月から、脱退要求、脱退届、法適用除外を申請している。
(ホ) 昭和三九年、四〇年、四一年の各年度においていずれも医療給付を受けたことがない。
以上のごとき特殊事情があるのであって、これを特別の事情(本件条例第二四条第一項)と認めないで保険料減免申請を却下したことは、裁量権を不公正に行使した違法がある。
五、また、原告は、本件減免申請において、昭和四一年四月分と五月分との保険料金八四〇〇円の減免のみを申請したのに、被告の独断で、右申請金額を金五万円と訂正し、全面的に、所得割、均等割の合計一ヶ年分に対し、不承認を決定したことは違法である。」
と述べた。
これに対して、被告指定代理人は、
「一、国民健康保険料の基本的な算定方法として、現在三種のものがあるが(地方税法第七〇三条の三第三項参照)、被告においては、そのうちの所得割総額と均等割総額とが相等しくなるような方式を採用している。そして、所得割の賦課標準としては前年度の住民税額をとることとしている。所得割を課する場合においては、賦課標準として何をとるかについて、大別して三つの方式があり、その一は、被告のように前年度の住民税額を標準とするものであり、これは都内特別区のすべてにおいてとられている方法である。その二は、当該年度の住民税額にリンクする方法で、都下市町村の一部において採用されており、この場合は年度当初に標準が確定していない関係上、年度当初に仮賦課し、年度半ばにこれを補正して確定する手続がとられる。その三は、前年の所得をもって賦課標準とする方法であるが、これは住民税の算定とその基礎を同じくするから、第二の方法と同じく、仮賦課と本賦課の二重の手続を経る必要がある。(地方税法第七〇六条の二参照)思うに、国民保険料は、住民税と同じく、原則としては当該年度の受益に対する負担であり、この点、所得割の算定に当っても、その年度の所得に応じて負担させる、いわゆる現年主義がその理想なのであろうが、しかし、所得税の確定期、納期が翌年に繰り越されることをみても判るとおり、このことは、技術的にみて、甚だ困難なことといわなければならない。
よって、住民税と同じく、過去の所得をもって当該年度の所得を推定する方法が、技術的に可能な最善の方法として採用されるのであり、これは、多くの場合、当該年度の所得の最低限度の推定であって、むしろ被保険者の利益に帰するのである。住民税額を賦課の標準とする場合も、住民税の賦課算定方法を考えれば、右の理は変ることがない。
本件の場合、たまたま原告の所得が減少したので、この場合右の推定を覆えすべきであるとされるかもしれない。しかし、ある年度において少額の保険料で保険給付を受けたが、実際の負担能力は、その年においては、賦課された保険料を遙かに上回ったというような場合、公平を期するためにも、後の年度において、たとえ所得が幾分か減少したとしても、右の推定を基礎におく算出額をそのまま賦課したからといって、別に不合理とはいえない。現年主義をとれば、その年度に賦課されたであろう額であるからである。
さらに本件の場合は、前年度の住民税額を賦課標準としたこと、すなわち、結局、前々年の所得に、保険料賦課の基礎を求めることが、強く原告の反発を招いた訳であるが、これは、前年の所得に基礎を求める場合と、その合理性において特に差異があると思われず、また、前年の所得に基礎を求めることは、前述のように、仮賦課と本賦課との二重の手続を経ることになり、被告のように被保険者数が一〇万をこえ、被保険世帯数も四万三〇〇〇余(昭和四〇年度末)に達する保険者にとってはその負担に耐えられないのみでなく、赤字にあえぐ健保財政の立場からする経費節減の要請にもそむくことになるのである。
従って、原則的には矛盾を生ぜず、しかも、大量処分に適した方法をとり、起り得べき少数の例外については、個々にその救済をはかり得る制度とすることが、最も合理的な筈である。
二、国民保険料の減額減免の制度は、右の起り得べき少数の例外に対処する制度であるが、本件において問題となっている減免は、既に述べたように、所得が減少したからといって、直ちに適用さるべきものではなく、保険料の原則どおりの賦課が、被保険者の生活を脅かすような状態になったときに、初めて適用されるべきものである。この点減免基準として、生活保護基準を上回るものが設定されていることは、既に述べたとおりである。本件の場合、高額の所得を得た時点において、国民健康保険に加入していなかったことが問題として残るが、この点は、画一的に処理すべき行政上の要請からやむを得ず、またその当時において、別種の健康保険に加入していたこと、その高額の所得に応じた負担は、どこに対しても未だ支払っていないことを考えれば、この点もあえて問題とするに当らないというべきであり、これをもって不合理とするなら、高額の所得を得た年の末に他の公共団体の区域に転居した者に、翌年度課せられる前年の所得に応じた住民税の賦課も、同様に不合理なものと言わざるを得ないであろう。」
と述べた。
証拠≪省略≫
理由
一、原告が、昭和四〇年一月二四日以降、杉並区に住所を有するものであり、昭和四一年四月一日、被告より、昭和四一年度国民健康保険料として、金五万円の賦課通知を受け、同年五月二七日、被告に対し、減免申請をしたが、同年六月一六日付で、被告より右減免不承認の決定通知を受けたこと、原告がこれを不服として、同年七月二四日、右減免不承認処分の取消しを求めて、東京都国民健康保険審査会に対して、審査請求をしたが、同年一一月二八日付で、審査請求棄却の裁決を受けたこと、及び原告が、昭和四一年一〇月一日から新宿区土木課の雑役夫となり、日雇労働者健康保険被保険者手帳に健康保険印紙のちょう付を開始し、国民健康保険の被保険者資格を喪失したため、同年一一月一四日付をもって、本件保険料額は、金二万五〇〇〇円に変更されたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、被告に対する本件減免申請に際し、その理由として、「昭和三九年一二月一七日退職し、退職金収入があり、昭和四〇年度は多額の都民税を納めたが、退職金は貯金をつけ足して住宅購入のため使い果し、その後、恩給、年金のほか収入もなく、貯金もまことに少ないので、多額の保険料の納付ができない。」と主張し、収入の状況としては、恩給と年金とで、一ヶ月平均金二万七九八六円の収入がある、と申告しているが、これに対し、被告は、その頃所属職員の小林金一をして調査せしめた結果、原告が当時六八才の一人世帯であり、二年前の昭和三九年一二月には、みかど株式会社を退職し、その際退職金として金五八〇万円の収入があったけれども、昭和四一年においては、月額の実収入は平均金二万八三〇円であり、従って右の状況に基いて国民健康保険料減免取扱基準によって算出された原告の保険料充当額は、月額金一万五八〇円となるので、この額は、毎月の賦課額金四一六〇円(但し四月分は金四二四〇円)をはるかに上回るものであるし、その他、家族の生活状況についても、家族は、いずれも独立し、社会的、経済的に安定していることが明らかとなったため、原告の、本件保険料の減免申請を承認すべき事由としての、「生活が著しく困難となった」(本件条例第二四条)状況が存しないものとして、右申請を承認しなかったものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、原告の昭和四一年度における収入が、本件保険料の納付に充分たえうるものであることは、明らかである。
三、原告は、「元来保険料額というものは、保険時の所得(但し退職所得を除く)に対して、料率を乗じて算出すべきものであるが、本件条例第一四条によれば、前々年の所得に対する前年度の住民税に保険料率を乗じて算出するものとされている。従って、保険時の所得が、前々年度乃至前々々年度の所得と同額であればそのままでよいが、本件原告の場合のごとく、保険時の所得が激減した場合には、被告は、当然、本件条例第一九条に基いて保険料額の変更をなすべき義務がある。」と主張する。しかし、本件条例第一九条は、いわゆる保険料の減免の場合を規定したものではなく、本件条例第一四条により算出された保険料額の基礎数値の誤りや計算上の誤りのほか、被保険者たる資格の得喪等に基く保険料の変更について規定したものと解すべきであって、これを減免申請についてまで適用すべしとする原告の主張は、独自の見解といわなければならない。そして、≪証拠省略≫によれば、杉並区における被保険者数は、約四万六〇〇〇世帯、一一万六〇〇〇人に及ぶものであり、そのうち四五パーセント前後の者が、年々、種々の原因により、その資格を得喪していることを認めることができる。従って、理想としては、原告主張のとおり、保険料は、保険時における収入(但し退職所得を除外する合理的理由はない)に対して、料率を乗じて算出することが望ましいものであるには違いないが、杉並区の現実の問題としては、保険料の算出は、結局本件条例第一四条に従った方法によるのでなければ、とうてい右の如き大量の処理を、合理的、経済的に行なうことができないものといわなければならない。この場合、算定の基準時と実際の賦課時との間に二年間の時間的距たりがあり、その間に被保険者に収入の変動がありうることは、いうまでもないが、そのような変動の一切について、常に減免を考えねばならないものとすれば、当初の賦課額の算定それ自体が、無意味なものとなろう。その反面、或る程度の長い期間をとって眺めれば、本件条例第一四条所定の保険料の算定方法は、常に二年前の収入に対応して、保険料額を算出しているのである以上、結局は、その対応関係が保たれてゆくことによって、公平で合理的となっているということができる。尤も、右の原則は、収入の激減の程度が、「災害その他特別な事情により、生活が著しく困難となった場合」(本件条例第二四条)に至るまで、これを貫ぬくことは、もはや合理性を欠くものとし、かような場合には、法は、その程度に応じて、保険料の減免、徴収の猶予をなしうることを定めたものと解するのが相当である。
以上のとおりであるから、原告の右主張は、理由がないものといわなければならない。
四、次に原告は、「被告が法第七七条の減免規定をうけて制定したと称する、本件条例第二四条が、減免の条件を、「生活が著しく困難となった者」ときびしく規定したことは、法第七七条による委任の範囲を超えた違法がある。」と主張するので、この点について判断する。法第七七条は、「保険者は、条例又は規約の定めるところにより、特別の理由がある者に対し、保険料を減免し、又はその徴収を猶予することができる。」と規定して、特別な理由がある者に対しては、既に確定した保険料の減免又は徴収猶予をなしうることを定めている。そして、右の「特別の理由がある者」の具体的内容については、条例又は規約の定めるところによるとしているのであるが、本件条例第二四条第一項によれば、「区長は、災害その他特別の事情により、生活が著しく困難となった者に対し、保険料を減免することができる。」と規定し、法第七七条にいう、「特別な理由がある者」の内容を、「災害その他特別の事情により生活が著しく困難となった者」としているのである。ところで、法第七七条並びに本件条例第二四条第一項にいう、保険料の減免は、被保険者の保険関係からの完全な離脱を意味するものではなく、保険給付の利益はあくまで被保険者側に止めた上で、保険料のみを減額乃至免除するものであること、及び前記三において判示したとおり、本件減免の制度は、既に一応合理的な算出の方法によって決定された二年前の所得を基礎とする保険料を、その後に生じた事情の変更により例外的に修正しようとするものであること等の観点より考えれば、法第七七条にいう「特別な理由がある者」の具体的内容として、本件条例第二四条第一項が「災害その他特別の事情により生活が著しく困難となった者」と限定したことをもって、法第七七条の委任の範囲を超えた違法があると解することはできない。原告は、この点に関し、国民健康保険法の目的との関係において、国民健康保険が住民に不利益を強要するものであってはならないことを説き、本件条例第二四条第一項の「生活困難」なる用語が、法第七七条の予想しない狭きに過ぎる概念であるかの如くいうが、≪証拠省略≫によれば、杉並区における昭和四二年度の国民健康保険の予算規模は、総額金一一億円であり、そのうち、保険料による収入が、およそ二七パーセント、国庫支出金が、約五〇パーセント、都の公金が、約二三パーセントを占めることを認めることができ、この事実よりしても、保険料の減免による影響は、結局国税、都民税にも及ぶべきものであり、ひとり減免を受ける住民の利益、不利益のみの観点によって論ずべき性質のものとは、いい切れないことが明らかである。また、原告は、「生活困難」なる用語は、法第四四条、第五二条、及び生活保護法においてもその用例を見ないものであって、いわば不適切なものであるかの如くいうが、右用語が、原告に与える感情的心理的な影響はやむをえないとしても、右の「生活困難」の具体的基準として定められた、右条例の施行規則第二二条第一項及び都民生局長の通達に基く国民健康保険料減免取扱基準に徴するときは、その程度も客観的に明確であって、法律用語として不適当であるとするには当らない。結局、これらの点についての原告の主張は、独自の見解であっていずれも採用することができない。
五、原告は、また、「被告のした本件処分は、保険料の減免につき、幅広い裁量権を不公正に行使した違法がある。即ち、原告は、(イ)昭和三九年一二月に失業したこと、(ロ)国鉄共済組合の受療資格を有していること、(ハ)老年者であること、(ニ)資格取得前から脱退要求、適用除外等の申請をしていたこと、(ホ)昭和三九年、四〇年、四一年の各年度にわたり医療給付を一回も受けていないこと等の特殊事情があるのに、これを本件条例第二四条第一項の特別の事情と認めずに、本件減免申請の不承認の処分をしたのは、被告において、裁量権を不公正に行使した違法がある。」と主張する。しかし、右事情のうち、(イ)、(ハ)の点については、前記二、において認定したとおり、本件判定の際に充分調査されていたものであり、また、≪証拠省略≫によれば、右(ロ)、(ホ)の各事情もまた本件判定にあたっては、考慮されていたものと推認することができる。そして(ニ)の事情は、その性質上、賦課処分に対する不服の事情とはなりえても、減免申請の理由とは、なしえないものである。そうだとすれば、原告が指適する特殊事情のうち、考慮に価すべき点については、被告は本件処分に際し、充分考慮していたものであり、しかも、これらの事情を本件条例第二四条第一項の特別の事情にあたらないとしたことについて、その裁量の範囲をいちじるしく逸脱したと認められるような点は、全く見当らない。よって、原告の右主張も理由がない。
六、原告はさらに、「本件減免申請において、原告が被告に対して減免を求めたのは、昭和四一年四月分と五月分との二ヶ月分の保険料金八四〇〇円にすぎなかったのに、被告が独断で右申請の金額を金五万円と訂正し、一ヶ年分全額についての減免申請となし、その全部につき不承認の決定をなしたことは違法である。」と主張するので、この点について判断する。
≪証拠省略≫によれば、原告は本件減免申請につき、昭和四一年度四月分より五月分までの金八四〇〇円の保険料についての減免を求める申請書を作成して、これを同年五月二七日に被告に対して提出したところ、被告所属の係員は、右申請書の金額記載欄の金八四〇〇円とあるのを、金五万円と訂正したものであることを認めることができる。そして、その際、右の係員が、原告の承諾を得たうえで右の訂正を行なったか否かは、必ずしも明らかとはいえない。しかし、前掲証拠によれば、右申請書の全部の記載事実からみて、原告が総額金五万円の保険料を賦課された者であること及びその保険料全部につき減免を求める意思があること、を窺うことができる。のみならず、金八四〇〇円に対する減免の要求は、当然五万円に対する減免の要求の範囲内に含まれるものであるから、審査の対象とされるものであることは、勿論であるばかりでなく、本件申請が、承認されなかった場合、即ち、金五万円の減免申請が不承認とされた場合においても、また、その後に、新たな減免事由が発生した場合には、それを理由とする減免の申請ができることは、金八四〇〇円についての減免申請が、不承認となった場合と、異なることがないのであるから、右金額の訂正は、いずれの点においても、申請者たる原告の利益にこそなれ、なんらの不利益をも招くものではないのである。そうだとすれば、原告の意思を推測して、本件減免申請書の金額を、一部から全額へと訂正した被告所属係員の行為は、本人である原告の承諾がなかったとしても、そのことによって直ちに本件減免審査手続の違法を招来するものとは、とうてい認められない。
七、以上のとおり、被告の本件減免不承認処分は、いずれの点においても適法であって、原告の本訴請求は、その理由がないから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 小木曽競 佐藤繁)